選択できないことを悩む意味はない
人生には、2つの重要な側面が影響を与えていると思う。幸せか不幸かを分ける大きな側面だ。
1つは、「自分で選択できるもの」
もう1つは、「自分で選択できないもの」
選択できるものを例として挙げると、
朝起きて、何を食べるか。勉強をするのか。働くのか。休日どう過ごすのか。など。
選択できないものは、自分の身体、見た目(顔が良いか、悪いか など)。天災。どの国に生まれるか、など。
病気になるかならないかは、選択出来ない要素もあるけれど、普段から健康に気を遣う生活を選択していれば、ある程度は防げるけど、どんなに健康に気遣っていても病気になることもあるので、グレーゾーンとしよう。
人生において、自分では選べない側面によって大きな影響を受けることが多い。
両親が素晴らしく良い教育を受けられる人もいれば、真逆の人もいる。
容姿が良くて、大好きな人と結ばれる人もいれば、それが良くないから振られ続ける人もいる。
生まれた国が貧しくて、満足に食べられず死んでしまう人もいるだろう。
なんと、残酷な世の中か!
しかし、自分に選択ができないものを悩むことに意味はあるのだろうか?
選択できない要素は人生に大きな影響を与えるが、残酷なことに、自分で選択できることでしか人生は良くできない。
とても美人、美男子に生まれていようと、実際は大したことはない。もちろんそれに惹かれてしまう人もたくさんあるし、それは致し方ないことだと思う。それでも、そうした生まれつき持っている選択できないことにはあまり意味はない。
両親の仲が悪かろうと、育ちが悪かろうと、そこから飛び出せば、もう関係ない。
最も大切なのは、自分にある状況から、何を選択すれば、人生が最も良くなるかを考え、時には相談して、それをやることだと思う。
こういう考え方は、とても有効だと思う。というより、これしかない気がする。
自分にとって問題だと感じる事柄について、これは自分の選択で何とかなるか、それとも致し方ないことなのかを見極めることは大切だと思う。
そうすれば、自分は○○だからできない、と思い込むこともないし、逆にどうしようもできないことに思い悩むことも少なくなる。
そして、過去についても思い悩むことがなくなる。過去に誤った選択をしてしまったことで、今問題として残っていたとしても、もう過去は変えられないし、そもそも人は失敗しないと学べないことも多く、その後悔している過去は、あくまで失敗した今だから他の選択をしたら良かったと分かっただけで、未来から過去に戻って選択を変えることはできないのだから、今からできる最善の選択をしていくしかない。
まとめると、
・人生の問題(悩み)には、自分の選択によって生じるものと、自分の選択とは無関係に生じるものがある
・これから、改善できる問題について改善を図る。改善が不可能な問題や、自分の選択とは無関係に生じる問題を思い悩んでもストレスになるだけ
意味のないことは極力しないで、意味のあることをする時間を増やす。
こうした考え方は、人生のストレスを幾分か抑えて、人生を良くする可能性を増やすだろう。